2月下旬〜3月上旬  〜症状〜
	・スポーツジムでいつものように泳いでも25mでバテる。
		運動不足?まさか?
	・お酒がおいしくない
		2月下旬から食にはいつも以上に気を付け「レバー」「酢の物」「野菜」「魚」を中心に食べてたのに!
	・風邪を引く
		1日38度まで熱は上がるが、以降37度台の微熱をキープ
	・バス停までが歩けない。
	・階段10段上っただけですごい動悸と息切れ、めまい。
		手で胸を触らなくても判るほど心臓バックバク言うて心臓の「ドクッ」と一緒に体中が「ドクッ」とする。
	・最近気になるこの頭痛。
3月19日(火)
	朝「ほんまもん」(NHK朝ドラ)を見てからY市立病院へ9:00外来。
	尿検査、血液検査、CT、レントゲン…検査が終ったのが13:30。
	結果が出るまで1時間ほど昼食に行ってよいとのことだったので久々に病院近くのファミレスに行った。
	一人でファミレス入ったのは初めてだったかも。
	カレーきのこソースハンバーグ&和風セット。我ながら昼の食欲はすごかった(完食)
	病院に戻ると看護婦さんが私を探していた。(?)
		…何?何?
	「ほんまにしんどかったやろぉ〜?」…さっきまでの人をレール上の消化物のような扱いとは一転(驚)
		気持ち悪いくらい優しいやんけ…(^^;)そんで何?
	先生が呼び出され「緊急入院」とのこと…(?)っておいおい車椅子まで出てきたで!
		どないなってんねん!?
	先生の話によると「長期入院」の可能性もあるからと一度家に帰って荷物の準備をしてきた。
		なんのこっちゃ?
	なんとか先生に「後10日もすれば今年度が終るので入院は待って欲しい」と伝えるも、
	先生「いや〜ヘモグロビンが4.3と言う異常な値を示している以上は、お帰しすることはできません。」
		ケチッ!←この時は、ま〜ったくことの重大さを解っていなかった私。
	とりあえず、会社と友達に電話やメールを送り続けてた。
		こんな年度末のメッチャ忙しい時に…ほんまやられるわぁ〜
	腰骨から髄液を抜かれる。お尻半分出して麻酔してからすごい力が加わって…マジで痛い(T-T)	
		何すんねん!ほんまに(`へ´)
	6人部屋。窓側。夜景を見ながら「何かのまちがいでしょ?」と祈り
	向かいのおばあちゃんの「おうち帰りたい」を聞きながら…爆睡した。
3月20日(水)
	お箸やコップ等、肝心な物を忘れてきたので再び外出許可をもらい自宅へ。
	普段と何も変わらない風景。そのまま少し時間だけが流れた。不思議な気分のまま。
	病院へ戻ると先生から説明があった。骨髄が元気がなく、白血球や赤血球が少なくなっていると。
	これからは、加熱食に変更し、個室に移動、無菌環境。輸血の同意書まで出されて…
	どんどん変化していく状況になかなか付いていけない私。
	検査結果は金曜日に出ると。
		そんなに時間かかんのかぃ?月曜日には仕事戻りたいねんけどな…
	わざわざ、おじいちゃんとお父さんが来てくれた。
	先生の話を聞いて帰って来た2人は、やるせない表情を必死で隠そうとしているのが見て判った。
		私の病気って何やの?
3月21日(木)
	点滴も何もされてへんし、外傷もないから病院のベットにいるのが妙な気分。
	今日は祝日♪友達が見舞いに来てくれた。すごく元気付けられた。楽しかったぁ〜
		それにしても病院っちゅうところは暇でムカツク!
	窓から見える夜景の中に私のお城(自宅)が。「はよ帰りたいなぁ〜」と思いながらまたも爆睡。
3月22日(金)(赤血球)
        白:4440  赤:124  Hb:4.3  血小板:18.8

        19日にした骨髄穿刺の検査の結果も聞かず、急遽、実家の近くのM病院に移動することになった。
                この街を離れたくなぃ〜(>_<)
       やっぱし個室。今度は透明のシートがかかってる空気清浄機の中にベットがある…
                一体これはなんやねん!?
       14:30主治医と思われる先生2名N.DrとM.Dr(初対面)と担当看護婦さん・祖父・父・私で話を聞いた。
       N.Drより「急性リンパ性白血病」と告知を受ける。
                「へぇ〜」「んでなぜに私が?」「うそでしょ〜」
                冗談か他人事のように聞いていた。
       お父さんが汗を拭いている。先生もかなり真剣な表情やし。
       そんな重々しい空気の中でも私は不思議と冷静だった。
       質問まできちんとするくらい頭は回転してた。

       辛さは後からきた。

       転院ということもあり、再度骨髄穿刺。今度は胸の骨から。
                え?またあの痛み?怖い…
       まずは、麻酔。採血する時も腰から麻酔した時も胸に麻酔する時も、ちっちゃな針が刺さる痛さは同じだった。
       これは骨までの間の神経を麻痺させるものであって骨までは麻酔はかからないらしい。
       いよいよちょっと太めの針がささる。麻酔が効いているから先生の押す力の方が気になった。
                肺つぶれそう…息でけへんっちゅうねん。
       M.Dr:「今、骨に刺さっているからね。はい、抜きますよ」
       私:「うぅっ〜イイ〜あ〜」先回とは比べ物にならないほどの痛み。
                なんやねん!このごっつい痛みは!?
       いろんな検査のため髄液を多めに抜いてたらしい。
       その時、痛感した。「白血病」という血液のガンであることを。
       涙が止まらなかった。

       夜中、わざわざ先生が検査の結果を伝えに来てくれた。「間違いなかった」と。
       返す言葉もなかった。
	白血病細胞(癌細胞)が全体の80%を占めていたそうです。
       生まれて初めて輸血をした。
3月23日(土)
	白:3600  赤:153  Hb:5.2  血小板:18.4
	熱:36.5/37.0/  /37.3
	
	夕べは全く眠れへんかった。何度も何度も涙が出てきて…
	火曜日から治療が始まるらしい。
	怖い。不安。脱毛。骨髄移植。
	ショックと混乱。絶望。
	未だに信じられない。
		うちが何したっちゅうねん!

	いろいろ考えている内に、この今の正直な気持ちを残そうと今日から日記を付けることにした。
	
	今日は外出許可が出た。
	自宅に帰ってPCやらなんやら荷物をまとめた。
		マジで長期戦になるからね。
	もうこの家には来る事はないんやろな…
	5年間住んだ私のお城。
	高校卒業してお金がなかった時からいろんな経験をしてきた家。
	新聞紙を積み上げてのTV台時代から年々成長してきたインテリア。
	お弁当を作りつづけたこだわりの台所。
	飲み会会場だった部屋。
	今までどうもありがとネ♪
	お別れは辛いけど、うち頑張んで!と各部屋で写真を撮っておいた。
		片付けてへんから汚いまま…生活観あふれるぅ〜
	
	ラジオを買い、PHSの契約をしてきた。
3月24日(日) (赤血球)
        白:4000  赤:141  Hb:4.8  血小板:16.2
       熱:36.8/37.2/37.2/36.9
       
       今日から尿溜め開始。尿溜めとは、尿を器械に入れて一日どれくらい尿が出ているか量を調べること。
       最低8回/日のうがい。イソジン(殺菌)とファンギゾン(カビ防止)っちゅうミルクオレンジってかんじの色をしたうがい薬。
	ファンギゾンはイソジンでうがいをした後、5分位おいてからやった方が効くらしい。
		人間って生きててもカビ生えるって知ってた? 知らんかったわぁ〜
	飲み薬も大量(驚)
	●ジフルカン	|昼:2錠	|カビに対する薬
	●クラビット	|朝昼夕:1錠	|抗菌薬
	●重曹		|朝昼夕:1包	|尿をアルカリにする薬
	●ザイロリック	|朝昼夕:1錠	|尿酸の産生を抑える薬
	●ガスター	|朝夕:1錠	|胃酸の分泌を抑える薬
	●バクタ	|朝夕(月水金):2錠|抗菌薬
	食事は、「生禁」。

       一昨日の初輸血の時は、パニクッテてそれどころぢゃなかったから何も感じなかったけど
       今日は輸血をしてもらいながらつくづく感じた。他人様の愛と医学の進歩を。
       初めはエイズとか合併症とかが心配で怖かったけど、正常な血を作ることができなくなった今となってはそんなことも言ってられへんねん!
       このどなたかの献血のおかげで私は助かるんやなて。
       輸血にも種類があるらしい。
        
        今日も外出許可が出た。
        友達と帽子を買いに行き、夕飯をごちそうになった。なんと友達お手製のレバーの煮物と炊き込み御飯と鮭&蛸のマリネ。
                おいしかったでぇ〜♪
        でも、少し頭が痛い…心配。
3月25日(月)
        白:4290  赤:175  Hb:5.6  血小板:16.1
        熱:37.3/36.7/37.2/37.5
        
        9:00 生まれて初めて理容店へ散髪に行く。
        抜けてくる前に坊主にしておいた方がショックも少ないと聞いたから。&衛生面。
        昨日買った新しいニットの帽子を手にいざ出陣!
        …
        涙が止まらん。
        刈られている自分の姿を見ることが出来ない。
        鏡に写ってる自分が情けなくって惨めで…
        理容店のおばちゃんの「また生えてくるから頑張って」って肩をたたかれたのがすごく励ましになった。
                よけい泣けたけど。
        BUTよく考えたら女として生まれた人がなかなか経験しないことを経験できてんや♪って。
        あのバリカンの感触。頭を前にしてのシャンプー。
                これが結構口に水が入りそうになって辛かったんさな(笑)
        あとカミソリ。
                冷かかった。
        それと自分の頭の後ろにこんなちっちゃな傷があったなんて知らんかったわ(/。\)
        白髪はないみたいv(^-^)v
        鏡で見てる内に「結構、男前とちゃうん?」て思えてきた(笑)  幼くなったしね(得)
        
        14:30 CVカテーテルの埋め込み。
        何度も何度も麻酔をして…なかなか入らないらしい…しかも20cmもの管が入る。
        心臓がドクドクしてきてなんとも言えないこの気持ちが悪さ。妙な吐き気。
                なんども言うけどよぉ〜M.Dr何すんねん!(`へ´)
        心臓に管がちょっと触れたから心臓がビックリしたんだと。
                心臓がビックリしただとぉ!?ありえへんことすんなぁ〜
        これからは、出血多量の瀕死のシーンは完璧に演じられんで。多分、こんな感じやで(爆)
        30分くらいかかったけど無事終了。レントゲンでも異常は無し。
                ありがと〜M.Dr。お願いやで治してや!ほんまに頼むわ!m(_ _)m

        17:00 M.Dr&N.Drより抗癌剤治療に関する本格的な話があった。
                またもや大泣き。
        今日一番辛かったのは、「不妊」の話。
        私の将来を奪われた気がした。
        私の夢は、結婚して子供を産んで育てることやった。
        子供も諦め?結婚も難しくなる…?…え?私って何のために生きてったらええの?
        生まれ変われるなら、今からすぐに死んで生まれ変わった方がええやん!
        治るかどうかも判らない「白血病」と共に何を楽しみにして生きていったらええの?
        私の遺伝子は、この世の中に残らないってこと?
        そんな大した遺伝子やなくても残したかった。これから愛する人の遺伝子も残せないの?
        自分の分身を見てみたかった…母親になってみたかった。
        
        夜、見回りの看護婦さんに話を聞いてもらって少し気分が楽になった。
        看護婦さんってすごいお仕事やね。感謝します。さすが、「白衣の天使」って言われてるだけあるわ!(☆。☆)
3月26日(火) (赤血球)
        白:2960  赤:167  Hb:5.4  血小板:14.0
        熱:37.0/37.1/37.0/36.7
        
        ●プレドニン    |朝:13錠 昼:6錠  |治療薬
        CVカテーテルがまだ痛い。起き上がるのも一苦労。肺が捕まれているような痛さ(>_<)2〜3日したら慣れるらしい。
                人ってすごいな。あんまこんなんに柔軟性を持ってもなぁ…(^^;)
        脾肉にも今日から生理がきた(ーー;)
                人の気も知らんとホイホイ出てきよってからに…あ〜しんどい
        今日から治療スタート。
        吐き止め1種(200ml)抗癌剤3種(種類は不明:後ほど調べます)
                なんや色の悪い(オレンジ色)液体。いかにも体に悪そうってかんじ…
        無事投与終了。昼食も完食。
        っと思ったら夜…吐きそう…気持ち悪くて寝れない→ナースコール!吐き止め1本投与。
3月27日(水)
        白:2720  赤:214  Hb:6.8  血小板:14.6
        熱:36.8/36.8/36.8/36.9
        
        夜中の吐き止めの効果でよく眠れた。
        吐き止め1本。抗癌剤1種投与。
        少し手足がむくんできたので利尿剤を投与。
        この利尿剤。あまく見たらあかんでぇ〜!恐ろしい。…すごいねん!トイレ、トイレ、トイレ…もう10分置きにトイレ。
        蓄尿してるから尿をカップに入れて器械に入れなあかんねんけど500mlのカップでは間に合わへん。
        妙な話になるけど、途中で止めて器械に尿を入れてからまた出して…
                苦労したっちゅうねん。人間必死になればなんでもできるっちゅうこっちゃ(笑)
        夕方:耐えられなくて吐き止め1本投与。
        N.Drから「骨髄移植」に関して話を聞いた。
        私の無知度はすごかった!な〜んも知らんかった。
                普通そんなん詳しないっちゅうねん。
        血液型が変わるんやて。血液型が変わるんやで!
                ありえへん!
        血液型占いはどうなんねん?性格も変わるんやろか?アレルギーとかも移ったりするらしい。
                え?好き嫌いとかも変わるん?花粉症とかも移るんやろか?マジで!?・・・・・ありえへん
3月28日(木)
	白:1880  赤:201  Hb:6.4  血小板:12.7
	熱:37.0/36.8/37.0/36.6
	
	昨日の夕飯ほとんど食べられへんだで夜中お腹空いて、胃酸過多てかんじで全く寝られへんかった。
	相変わらず、トイレも近いし…2時間置きに行かなあかんねん。
	吐き止め1本。抗癌剤1種投与。
	大学生の弟(B型:わざわざ遠い下宿先から)と、この4月から高校生に上がる弟(O型&花粉症持ち)がHLAの検査のため、初めて病院に来てくれた。
	坊主頭を見られるのがマジ恥かしかった(/。\)けど、嬉しかった。
		まだ、移植が必要かどうかわからんけどHLAが一致してるとええ「保険」ができるのにな。(祈)
	PHSが届く。早速PCと接続。一応これでご飯を食べていた私。すんなり作業は終った。
		内心ホッとした。
	自宅メールと普段使ってたフリーメールのチェックをしてみた。
	・・・・実は、「緊急入院」した時はメール&電話しまくったけど「白血病」と判ってからは会社の人(人事課以外)にも先輩にも友達にも誰にも連絡をせんと
		いきなり携帯の電源も切って、しかも病院移転して音信不通になっていたのです。
		唯一(?)2人だけ(一人暮らしをしていた時にお世話になっていた人)と中学からの友達の家族だけが知ってる。
	「どう?みんなで心配しています」「大丈夫かぁ〜?必要な物あったら言うて!買ってくでぇ!」「おまえなら大丈夫や(^-^)」「退院したら連絡ちょうだい。遊ぼや!」
	病名を伝えていない人たちからのメッセージ。辛かった。
	考えたけど、今はまだみんなに返信でけへんわ。
	結果、一人尊敬してる会社の先輩に手紙を書いて、お世話になってた居酒屋のマスターと友達2人にだけメールを送った。
		みんな聞いてどう思うんやろか?伝えて良かったものか?が心配。
3月29日(金) (赤血球)
	白:1800  赤:208  Hb:6.6  血小板:11.8
	熱:36.5/36.8/36.8/36.6
	
	夕べはよく眠れた。朝6:00に看護婦さんが採血に来てくれんねんけど最近は、寝ながら腕出すようになってきた。
		これも習慣のもの?
	今日は餃子が食べたい気分。にんにくたっぷり、カリッと中はジューシー♪
	あ〜ラーメンもええなぁ〜
	私は、かなりのラーメン好き♪ラーメン食べにわざわざラーメン博物館まで行く程。
	麺は太麺が好き。(細麺もおいしいけどね)こってりもあっさりも大好き。やっぱねぎは大目よねぇ〜 あ〜よだれが出てきた。食べた〜い!!

	暇〜(ーcー)TV見るのもお金かかるし…食べ物の映像とか出てくると辛いし…

	弟から「暇な時間使って勉強したら?」と言われる。
	一応、ネットワークの試験勉強道具は持ってきてるけど … イマイチ … 集中力がない … 開いても頭に入らない …
	せっかくインターネットも繋がったことだし♪と思って同じような病気の方のHPを見てみた。
	移植無しに今でもがんばって生きてみえる方もたくさんいたけど、亡くなられた方のHPを見つけてしまった時はショックだった。
		うちも死ぬんかなぁ〜?まさかなぁ〜
	
	弟からのメールに感動(TへT)
	携帯からのすんごい長文。
	あなたと兄弟で本当によかった♪あなたの優しい言葉と厳しい言葉に感謝!
	姉ちゃんは頑張んでぇ〜!見ててや!
3月30日(土)
        熱:36.9/36.8/36.8/36.7
        
        朝、看護婦さんが来たから採血かと思いきや今日は無しやて♪
                ?病院も土日は休み?
        利尿剤投与してから今でもまだトイレすごい回数やねんけど…って看護婦さんに聞いたら、なんと昨日も3Lも出てるらしい。
        一昨日なんて4L以上あったらしい…浮腫んでたはずやわ(/。\)…(点滴が一日2Lは入ってるから当然らしいが)
        膀胱炎にも注意とのこと。
                頑張れ!私の膀胱!
        BUT、今日で便秘4日目。普段から便秘症やで慣れてるけど、今の私にはちょっと大きな問題やねん。なんとかせな。出血して菌でも入ってしまったらえらいこっちゃ。
        20分トイレで頑張るも出ず(T-T) 下剤を飲む。
                頑張れ!私の腸!
        ●マグラックス  |朝昼夕:1or2錠(自分で調整)|便通をよくする薬
        ●プルゼニド    |便秘時:自分で調整    |下剤

        昨日インターネットでかなりショックを受けたからきちんと病気に関して勉強をしてみることにした。
        現実はかなり厳しかった。「無知って怖い」って言うけど、ある意味「知らぬが仏」っちゅうこともあるような気がした。
        第一寛解に入れる確率:80% その内、治癒する確率:30% つまり化学治療のみでの治癒は全体の24%程
        第一寛解に入らなかった、または再発した患者で移植をした後、治癒する確率:20〜40%
        よって、私が勝手に計算した結果によると、治癒する確率は39〜54%(間違ってたらごめんなさい)
        逆に言うと46〜61%は5年以上生きられへんっちゅうことやねん。
                マジでかぃ!?
        あんなけ「不妊」でショックを受けていた私も「何のためか解らんけど生きてさえいれば…生きたい…とりあえず、生かしてくれ!」って思うようになってた。
        
        回診に来てくれたM.Dr&N.Drに質問攻め。
        先生もきちんと時間を惜しまず説明をしてくれた(感謝)
        ちなみにそれで解った嬉しい情報♪→私にはPh1染色体異常はみられなかったって。「陰性」って。
        途中で「陽性」になることも無いらしい。他の検査の結果はまだ出てへんねんて。
        最後にちょっと…「あの時点での私の余命って、どれくらいだったんですか?」ってきいたら…
        Dr「う〜ん、1ヶ月位ぢゃない?」
                っておいおい…背筋が凍るってこのことね。

        結局は、情報収集をしてよかったような気がした。
        漠然と「何の為に生きるの?」「死ぬってどういうこと?」とか考えてたけど
        今となっては「不治の病」ではなくなった訳やし、実際治療して元気に生きている先輩方がたくさんいる。
                医学の進歩には感謝するわ。ホンマに。
        生きてみて&生きながら「何のために生きようか」考えたらええねん。
        だって、死ぬ気せんもん。明日交通事故で亡くなるっちゅう人もおんねんし。人生考えても答えは出ん!
                出たらおもんないやろ?
        すごく気が楽になった。
                個室に居ながらしっかり情報収集ができるこの時代で良かった。ITはすごい!
        っちゅうことで、私も折角のこの経験を生かそうと思ってHP開設を思い付く。
3月31日(日)
	熱:36.2/36.2/36.6/36.4
	
	今日も採血無し♪食欲全快!久々の便有り(下剤に感謝♪)
	両耳の下部分が少し痛い。気になる。
	今日は親が書類探しと引越しの予定をたてるため、私のお城へ行った。…嫌な予感が…
	やっぱし!
	あっちこっちを開けられ…しかも「汚い」だ〜?…ムカツク(`へ´)
		ほんなら退院するまで家賃払ろてや!後で返すわ!
		もう散々(TへT)誰にだって入られたくない領域ってあるやんけぇ!
			まぁなんて汚い言葉遣い…(/。\)お恥ずかしい …でも、続ける。
		迷惑をかけてるのは私で、普段から片付けてないのも私やけどもやな!
		言い訳:結構きれいにしててんけどなぁ〜(隠れた所以外は)入院する前は、ほんまにダルかってんて。
			↑見苦しい言い訳?
	我慢するしかないねんな。
	ついでに気になってたMyCarの実家への移動も依頼。車高低いからくれぐれも擦らないでね。
		家は手放すけど220万もしたGT−Rだけは何がなんでも絶対に手放さへんでな!
	親も私の言うことに呆れてる様子やった。
	ごめんね。でも、この年ごろの女の気持ちもくんでほしいわ。
	
	今日は、一日中HPの構成を考えたり、画像を加工したりして暇がなかった♪


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